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青森地方裁判所 平成7年(ヨ)10号 決定 1995年6月12日

債権者 むつ小川原石材事業協同組合

債務者 国

代理人 菊池忠一 田島裕二 成田学史 田中直樹 ほか五名

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

一  申立ての趣旨

債務者の分任契約担当官横浜営林署長は、債権者が青森県上北郡六ヶ所村大字出戸字棚沢山国有林二二ハ一林小班ほか(以下「本件国有林」という。)所在の土石四三万五〇〇〇立方メートルの売買契約に関し平成七年二月三日付けで債務者に送付した売買契約書に必要事項を記入し、記名押印のうえ債権者に仮に交付せよ。

二  本件紛争に至る経緯

1  債権者は、昭和五六年七月三〇日、組合員のためにする原石の共同採掘等を事業目的として設立された事業協同組合である。

2  昭和六三年、債権者(当時の代表理事向山正三)は、採石法三三条による青森県知事の認可(期間三年間)を得て、平成元年八月ころから本件国有林における採石事業を始めたが(<証拠略>)、同年一一月三〇日、向山正三が三〇〇〇万円の資金の借受け及び三億円を限度とする債務の引受けの見返りに、債権者代表理事の役職を葉山敏夫に委譲した(<証拠略>)。

なお、債権者は、平成三年一月三〇日、代表理事葉山敏夫の下で、第二回目の青森県知事の採石の認可(期間三年間)を得た(<証拠略>)。

3  平成五年四月二〇日、葉山敏夫は、齊藤裕三に債権者の経営権等を譲渡し、同月一六日付けで齊藤裕三が債権者代表理事に就任する旨の登記がされた(<証拠略>)。

その後、いったん同年五月一日付けで齊藤裕三が解任され同日向山正三が代表理事に就任する旨の登記がされたが(<証拠略>)、再び同年六月三〇日付けで向山正三が理事を解任され、齊藤裕三が代表理事に就任する旨の登記がされた(<証拠略>)。なお、青森県知事に対し、齊藤裕三が代表理事及び業務管理者に就任したこと及び向山正三が理事を解任されたこと等を理由として債権者の代表者を葉山敏夫から齊藤裕三に変更する等の届出が平成六年一月一八日受理された(採石法三二条の二第一項。<証拠略>)。

4  債権者は、岩石採取期間が平成六年一月二九日で切れる第二回目の認可の延期願いを青森県知事に申請し、同年三月四日から四月三〇日までの延長が同年三月三日認可された(<証拠略>)。また、債権者は同年二月九日横浜営林署長に搬出延期料六七万九八〇〇円を納入し、同署長から本件国有林における平成四年七月二三日売払分の岩石及び普通土の搬出期間を同年四月三〇日まで延期する旨の承認を得た(<証拠略>)。

5  平成六年六月二一日、債権者に対し、青森県知事から第三回目の採石の認可(同日から平成九年六月二〇日まで)が下りた(<証拠略>)。

債権者は、営林署長が土石採取計画の適正を審査するために提出を求める土石採取申請書(「国有林野の土石売払要領」六条一項、同実施細則五条及び別紙1。<証拠略>)を提出し、横浜営林署長における審査及び青森営林局長の承認(右要領七条、八条、細則七条、二条)を経た上、平成六年七月五日、債権者代表理事齊藤裕三に対し、本件国有林において四三万五〇〇〇m3の土石の売払いが可能である旨の通知があった(同要領七条。<証拠略>。以下「本件通知」という。)。

6  右通知を受けて、債権者(代表理事齊藤裕三)は、採石のために一億三〇〇〇万円を超える額の機材等を新たに購入又は発注したところ(<証拠略>)、その後、分任契約担当官たる横浜営林署長は、債権者の代表権をめぐる内部紛争が解決した段階で土石の売買契約を行うとして、債権者代表理事齊藤裕三において記名押印の上平成七年二月三日付けで横浜営林署長に送付した本件土石売買契約書の記名押印を拒否した。

7  なお、平成七年二月一五日、向山正三らを原告とし債権者を被告とする訴訟において、齊藤裕三らを理事に選任した平成五年六月三〇日付け総会決議及び同人を代表理事に選任した同日付け理事会決議が存在しないことを確認する旨の判決(青森地方裁判所平成五年(ワ)第二九五号。<証拠略>)があり、現在控訴審係属中である。

三  争点(債権者の主張)

1  被保全権利

(一)  本件通知後の平成六年九月二九日、当時の債権者の専務理事であった笹川省三は、横浜営林署長室において、白濱正人署長同席の下に同署山本清次長から、本件通知のあった土石の売買代金等を三四〇〇万円(土石代金三〇〇〇万円、立木補償金等四〇〇万円)と提示され、笹川はこれを承諾した。

これによって、債務者は、債権者を本件土石販売の随意契約の相手方として決定したのであるから、債権者は会計法二九条の八第一項に基づき、分任契約担当官たる横浜営林署長に対し、契約書を作成して債権者に交付することを求める権利を有する。

なお、債権者は、契約書交付と同時に代金を支払うし、予め代金相当額の保証を立てる用意があることを債務者に申し入れている。

(二)  債権者の内紛については既に関係者間の和解によって解決した。また、向山正三を原告とする理事選任決議不存在確認等請求事件の判決については、被告側が控訴していまだ確定していない以上、横浜営林署長は、青森県知事が債権者(代表理事齊藤裕三)に対して行った採石の認可(前記二5)の公定力により齊藤裕三を債権者の代表理事として扱うべき拘束を受ける。

横浜営林署が、平成六年二月九日付けで齊藤裕三名で産物搬出の延期を承認したほか前記のとおり齊藤を債権者の代表理事として扱ってきた経緯に照らして、債権者の内紛を理由として本件土石の売買契約書の作成を拒否することは、信義則及び前記行政処分の公定力により許されない。

2  保全の必要性

債権者は、青森県知事から認可(第三回目)を受けた採石計画に着手するために莫大な投資を行ったところ(前記二6)、横浜営林署長の契約書交付が遅延すれば、知事の認可の期間内(平成九年六月二〇日まで)に計画した採掘を果たせず、著しい損害を被る。

四  当裁判所の判断

1  本件売払契約の成否

会計法二九条の八第二項及び国有林野の産物売払規程九条の二、一〇条(昭和二五年五月一七日農林省告示一三二号。以下「産物売払規程」という。)によれば、国有林野の産物である土石等の売払の契約については、分任契約担当官たる営林署長が買受人とともに契約書を作成してこれに記名押印した時に契約が確定的に成立するものと解される(競争契約であるか随意契約であるかを問わない。)。したがって、前記二5、6認定の経緯に照らし、本件土石について債権者債務者間の売買契約が確定的に成立していないことは明らかである。

2  本件売払契約書の作成義務

債権者債務者間の売買契約が確定的に成立していないとしても、横浜営林署長が債権者を相手方として本件売払契約を締結すべき義務があるかについて、さらに検討する。

(一)  「国有林野の土石売払要領」(昭和五六年一〇月一九日林野庁長官通達五六林野業第一二七号。以下「要領」という。)は、土石採取に伴う災害の防止や土石採取跡地の緑化措置の確保という観点から、国有林野の土石の売払に当たっては、競争契約ではなく、資産・信用の確実な者との随意契約によるものとしているところ、会計法二九条の八第一項によれば、契約担当官等は随意契約の相手方を決定したときは、必要事項を記載した契約書を作成しなければならないとされ、これは、「随意契約の相手方を決定したとき」に契約担当官等と相手方とは互いに契約を結ぶべき義務を負うにいたる趣旨であると解される(高柳岸夫ほか・官公庁契約精義90頁。なお最高裁昭和三五年五月二四日判決・民集一四巻七号一一五四頁参照)。契約書作成前の段階でこのような一定の義務が発生することは、前記産物売払規程二五条において、買受申込人が営林署長の指定した期間内に契約書を作成しないときは、営林署長が当該「売払の承諾」を取り消すことができること、その場合には、申込代金の百分の五に相当する金額を違約金として徴収することを規定していることからも明らかである。

以上の諸規定を総合すると、国有林野の土石の売払に当たり、営林署長が買受申込人に対する「売払の承諾」をしたときは、営林署長は当該買受申込人と売払契約を締結すべき義務(当該売払契約書を作成すべき義務)を負うにいたるものと解される。したがって、本件において、横浜営林署長が債権者を相手方とする本件契約を締結すべき義務(又は本件契約書を作成すべき義務)を負うか否かは、結局のところ、本件通知(前記二の5)が債権者に対する「売払の承諾」と解されるか否かに帰着する。

(二)  そこで、本件通知の位置付けを検討するに、産物売払規程、要領、国有林野の土石売払実施細則(昭和五七年三月三〇日青森営林局長通達五七青利第一〇〇号。乙二。以下「細則」という。)、本件通知書(<証拠略>)及び<証拠略>によると、青森営林局管内における土石の売払は、概略、次の三段階を経て実施されるものと認められ、本件通知は(2)の売払通知に当たるものと認められる。

(1) 事前審査

土石を買受けようとする者は、まず採石業登録証のほか資産や信用が確実であることを示す書面及び土石の採取箇所、数量等、採取計画の概要を記載した書類等を提出して営林署長の事前審査を受ける。

事前審査において、営林署長は(土石の売払量が二万立方メートルを超える場合は営林局長と協議の上)、買受けようとする者の適格性、採取箇所の適格性(保安、かんがい、自然環境への影響等)、国有林から当該土石を採取する必要性などの観点から当該採取計画の妥当性を検討する。

(2) 審査・承認・売払通知

営林署長は、右審査要件を満たすと認める場合は、事業計画の概要、防災施設の図面、土石採取後の原状回復等の計画、決算書等資産や信用を判定する資料等を詳細に記載した土石採取申請書及び付属書類(細則別紙1ないし4)を提出させて内容を審査し、当該土石の売払の可否を買受申込者に通知する。

なお、土石売払量が二万立方メートルを超える本件の場合、営林局長において関係部局の課長等で構成される国有林野等利活用総合推進委員会の審査を経て土石採取申請を承認した上でなければ、営林署長が右通知をすることはできない。

(3) 契約締結

右通知後、営林署長は買受申込者から、買受申込書、買受人が防災施設の設置、土石採取後の原状回復等を履行することができない場合に買受人に代わってこれを履行することを保証する契約保証人に関する書類(保証人の住所・氏名のほか保証人の適格性を判断する資料)、代表者が買受の申込をする正当な権限があることを証する書面(売払規定三条2項)を提出させた上、販売数量、価格、条件等について交渉し、合意に達すれば契約書を作成する。

なお、防災施設の設置や土石採取後の原状回復等の履行を保証すべき保証人については、要領ではその予定者の住所・氏名を右(2)の審査段階で書面で提出すべきものと規定され(六条)、また、売払に当たって付す条件(土石の採取に伴う災害の防止や採取跡地の緑化措置等)については、要領では(2)の売払通知の段階で決定するものと規定されているが(七条)、青森営林局管内では、いずれの手続も右(3)の最終段階で行われているものと認められる。

(三)  ところで、国有林野の土石売払が随意契約とされたそもそもの趣旨は、前記(一)のとおり、土石採取に伴う災害の防止や土石採取跡地の緑化確保等の観点から資産・信用の確実な者を売払の相手方とするためである。この趣旨に照らすと、防災施設の設置や土石採取後の原状回復等の履行を保証すべき保証人を誰にするか、土石の採取に伴う災害の防止や採取跡地の緑化措置等の条件をどう定めるかの二点は、土石売払の相手方を決める際の極めて重要な要素であるといわざるを得ない。しかるに、前認定のとおり、青森営林局の運用上、本件通知に当たって右二点はいずれも審査又は合意されていない。したがって、本件通知をもって債権者に対する土石売払の承諾と解し、横浜営林署長に契約締結を義務付けることは、土石売払を随意契約とした趣旨を没却するものというべきである。要領において、右(2)の段階で提出させる書類を「買受申込書」というのに対し、青森営林局管内では、買受申込書を右(3)の最終段階で初めて提出させているのも、(2)の段階で重要な契約上の要素が審査されていないという事情を反映したものと解される。

以上によれば、本件通知をもって債権者に対する本件土石売払の承諾をしたものと解することはできず、したがって、横浜営林署長が本件売払契約を締結すべき義務を負ったものと認めることはできない。

3  信義則違反及び知事の認可の公定力について

債権者は、平成六年二月九日付けの産物搬出期間の延期の承認や本件通知において、横浜営林署長が齊藤裕三を債権者の代表理事として扱ってきた以上、債権者の内紛を理由に本件売払契約の締結を拒否することは、信義則に反し許されないと主張するが、債権者の内紛(前記二の7)は、現在の登記簿上の代表者の代表権を左右する重大なものであることを考えると、土石売払契約における前記の特殊な要請を犠牲にしてもなお債権者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような事情を認めることはできない。したがって、本件において信義則の法理の適用の余地はないというべきである(最高裁昭和六二年一〇月三〇日判決・判時一二六二号91頁参照)。

また、債権者は、向山正三を原告とする理事選任決議不存在確認等請求事件の判決がまだ確定していない以上、横浜営林署長は、青森県知事が債権者(代表理事齊藤裕三)に対して行った採石の認可(前記二の5)の公定力により齊藤裕三を債権者の代表理事として扱うべきであると主張するが、知事による採石の認可(採石法三三条)は、法人たる債権者に対し申請区域で岩石を採取することの認可を与える行為にすぎないから、右認可が債権者の代表理事齊藤裕三あてになされたものであっても、同人を債権者の代表理事とする点に公定力は生じないというべきである。

五  以上によれば、横浜営林署長に本件売払契約を締結すべき義務ないし本件売買契約書を作成すべき義務を認めることはできない。よって、本件申立は被保全権利の疎明がないことに帰するから、失当として却下を免れない。

(裁判官 中島肇)

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